前橋地方裁判所 昭和36年(ワ)67号 判決 1963年9月16日
判 決
群馬県伊勢崎市川岸町七〇番地
原告
森村柳弥
右訴訟代理人弁護士
横川紀良
群馬県前橋市宗甫分町二七番地
被告
細井伝平
右訴訟代理人弁護士
木村賢三
右当事者間の昭和三六年(ワ)第六七号法定地上権確認および設定登記申請手続請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
被告は原告に対し、金一八、五二五円およびこれに対する昭和三六年四月二日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。原告のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は、
「一、原告が別紙第一目録記載の土地につき別紙第二目録記載の建物所有のための法定地上権を有することを確認する。
二、右地上権の、その存続期間は昭和三五年五月二五日から向う五〇年とし、地代は一カ月坪当り金二〇円とし、毎月末日限り被告(土地所有者)に支払うべきものと確定する。
三、被告は原告に対し、前項の土地につき前項の地上権設定登記手続をせよ。
四、被告は原告に対し、第一項記載土地の東南部に存在する地上よりの高さ六・三尺の鉄柱一一本およびその間に張られた古生子亜鉛板を共に収去してその部分の土地を明渡し、かつ、同所に存在する次の建物の内その北部半分この建坪一五坪(中央ブロックの部分より北側部分)を収去して、その建坪部分を明渡せ。
一、鉄骨亜鉛葺平家建工場兼事務所一棟
建坪 三〇坪
五、被告は第一項の土地について建築物、工作物等の建設その他原告が右土地を使用することを妨害すべき施設をなすことによつて原告の右土地使用を妨害してはならない。
六、被告は原告に対し、金一六〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
七、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに金員支払につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、
被告訴訟代理人は、
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、別紙第一目録記載の土地を含む宅地二二三坪(以下本件土地という。)は、訴外石原秀寿から昭和二二年三月一〇日訴外馬場八起が買受け、同月一二日その所有権移転登記を受けたものであり、別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という。)は右土地上に建設され、昭和三一年七月一八日馬場八起がその所有者訴外清水チヨから贈与を受け、同月一九日その所有権移転登記を受けたものであり、本件土地、建物は同月一八日にはともに馬場八起の所有に帰したのであるところ、同日、同人は、右建物につき、訴外群馬金融株式会社のため抵当権を設定し、同月一九日その設定登記手続を完了し、その後同会社の右抵当権実行によつて昭和三四年一月一二日競売手続開始決定(当庁昭和三四年(ケ)第一号)がなされ、昭和三五年四月二一日競落人たる原告に対し競落許可決定があり、同年五月二五日原告が競落代金を納付して原告の所有となつた。
二、一方、本件土地は訴外佐藤重喜が昭和三二年五月六日馬場八起から代物弁済によつてその所有権を取得し、同月八日所有権移転登記を受け、さらに被告が昭和三五年一〇月五日佐藤重喜から買受け、同月七日その所有権移転登記を受けた。
三、従つて、原告は、原告が昭和三五年五月二五日競落代金を納付することによつて本件建物の所有権を取得した際、本件土地の所有者であつた佐藤重喜に対し、本件建物の敷地である本件土地のうち別紙図面表示(一)ないし(八)および(一)を順次結んだ直線によつて囲まれた部分(以下単に本件敷地という。)につき法定地上権を取得したのであり、本件建物につき前橋地方法務局昭和三五年七月二一日受付第一〇、七九六号により所有権取得登記を完了しているので、その後に本件土地を取得した被告に対しては建物保護法第一条第一項により地上権を対抗し得るものである。
四、然るに、被告は、右地上権の存在を否認するばかりでなく、故意又は過失により原告所有の本件建物のうち次表(1)(2)(3)を、昭和三五年一二月一六日および一七日の両日にわたり、同(4)を本訴提起後の第一回検証期日(昭和三六年九月二六日)以後第二回検証期日(昭和三七年八月一八日)までの間に、それぞれ破壊し、破壊せられた材料、亜鉛板等を持ち去つてしまつた。これにより原告は原状回復に要する費用として次の表のとおり合計金一六〇、〇〇〇円の支出を余儀なくさせられ、これと同額の損害を蒙つた。
五、そして、被告は、前記の第一回検証期日から第二回検証期日までの間に本件土地のうち本件敷地の東南部の地上に、高さ六・三尺の鉄柱一一本を打込みその間に古生子亜鉛板を張り、さらに本件土地上に鉄骨亜鉛葺平家建工場兼事務所一棟(建坪三〇坪)を建設したが、その北部半分建坪一五坪(中央ブロックの部分より北側の部分)が本件敷地上にあつて原告の地上権を侵害している。さらに被告は、本件敷地上に建築物、工作物等を建設し原告の使用を妨害するおそれがある。
六、よつて、原告は、被告に対し、本件敷地につき法定地上権を有することの確認、右地上権の存続期間が昭和三五年五月二五日より五〇年間、地代が一カ月坪当り金二〇円とし毎月末に被告に支払うことの各確定、以上の地上権設定登記手続、右地上権に基づき、前記施設、建物の北部半分の各収去と土地明渡、妨害の予防、本件建物に対する不法行為による損害賠償として金一六〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済みまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるべく本訴に及ぶ。
破壊せられた部分
復旧費用金額
(1)
居宅二坪二合五勺
(別紙図面表示(A)(B)(C)(D)(A)を順次結んだ
直線により囲まれた部分)
七〇、〇〇〇円
(2)
工場南側三坪五合
(同(a)(b)(c)(d)(e)(f)(a))
三五、〇〇〇円
(3)
工場東側三坪八合五勺
(同(a)(b)(c)(d)(a))
二五、〇〇〇円
(4)
工場北側一〇坪
(同(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ))
三〇、〇〇〇円
合計
一六〇、〇〇〇円
(被告の答弁および主張)
一、請求の原因第一項の事実のうち原告が昭和三五年五月二五日競落代金を納入したことは認めその余の事実は不知。第二項の事実は認める。第三項の事実は否認。第四項のうち被告が地上権を否認していることは認め、その余の事実は否認する。
二、(一) 原告が競売によつて取得したと主張する本件建物のうち、請求の原因第四項の表の(1)の居宅は本件土地上に存在していた「家屋番号前橋市前代田町二五五番木造亜鉛葺二階建店舗一棟建坪一八坪五合外二階坪八坪実測建坪二〇坪七合五勺外二階坪八坪」の構成部分たる勝手風呂場であり、一個独立の建物としての経済上の効用もなく、独立して取引の対象となり得ないもので、従つて独立して所有権の対象たり得ないものである。かかる勝手、風呂場につき独立の登記をし、別紙第二目録記載のとおりの納屋、工場が右勝手、風呂場に対し主従関係があるとし、附属建物として、これらを同一登記用紙に一括して登記しているのは実体と合致しないもので、かかる登記は無効であり、かかる登記をしたところで勝手、風呂場が独立して一個の物として取引の対象となり得るものでもない。
従つて、右(1)につき馬場八起がなした抵当権の設定も無効で原告も競落により所有権を取得したとはいえない。
(二) そして、被告は昭和三五年一〇月五日本件土地を佐藤重喜より買受けた際、その地上にあつた前記家屋番号前橋市前代田町二五五番の店舗とこの勝手、風呂場である前掲表(1)の居宅を併わせて買受け、さらにこの頃馬場八起より同表(2)(3)の工場の下屋を買受け、その敷地である前橋市前代田字村東一〇四番の二畑三畝歩(国有地)について同人が有する賃借権を同人より譲受けた、佐藤より右の土地建物を買受けるに当つては、建物は古く朽廃していたので、建物の価額は考えず土地のみの価額で買受けたもので、馬場より買受けた右の工場の下屋は、周囲はなく腐つたトタン屋根の堀立小屋で、右畑三畝歩の借地権と併せて僅か金一〇、〇〇〇円にて買受けたものである。同表(4)の工場北側部分も被告が馬場から買受けたものである。
従つて以上のような建物を被告が取りこわしても原告の所有権を侵害したものとはいいえず、仮りに原告が競落によつて所有権を取得したものとしても、被告は、なお馬場八起の所有であると信じて工場の下屋等(前記(2)ないし(4))を買受け取りこわしたものであるから、故意又は過失がなく不法行為は成立しない。
(三) 法定地上権の範囲存続期間等について。
右(一)(二)に述べたとおり、本件建物中居宅と称する勝手、風呂場は原告の所有ではないので、その敷地部分につき法定地上権が生ずる余地がなく他の建物についてもその約七坪の部分が本件土地上にあるだけで他は前記一〇四番の二畑三畝歩の土地上に存するから法定地上権は最少限度に定められるべきである。
仮りに右居宅部分が原告の所有と認められても、右建物は現在存在しないのであるから、法定地上権も消滅したものである。
さらに、原告が通路として巾八・四尺の部分につき法定地上権があると主張するが、これは従来通路として使用されていた以上の巾員である。
本件建物のうち工場、納屋の存続期間は一年ないし三年であり、朽廃寸前のもので、これに大修繕を加えた後までも地上権を存続させる理由はない。
(被告主張事実に対する原告の答弁)
本件建物のうち、居宅部分が被告の買受けた建物の構成部分をなし独立性を欠く旨の抗弁、右居宅部分が現存しないからその部分につき法定地上権が消滅した旨の抗弁はいずれも否認する。居宅は全く別棟であり、独立性を持つ建物であつて、佐藤重喜も被告も勝手、風呂場として使用したことはない。もつとも馬場八起が、使用していたことはあるが、使用の便宜から勝手、風呂場として使われたことがあつても、その故にその独立性を否定されるものではない。右居宅は原告が所有権を取得した後に被告が破壊したもので、天災等不可抗力による建物の滅失とは本質的に異り、被告自身の不法行為を原因として原告の地上権を否定するもので、信義則からも、英米法のクリーンハンドの精神からも権利の濫用の趣旨からも主張自体失当である。
第三、証拠関係《省略》
理由
一、先ず、本件建物が競落により原告の所有に帰したか否かにつき判断する。
(一) 被告は、本件建物のうち居宅二坪二五勺は、被告所有の、家屋番号前橋市前代田町二五五番木造亜鉛葺二階建店舗の構成の部分であり独立の所有権の客体たりえない旨主帳するので、この点につき考える。(証拠―省略) を総合すれば、上記家屋番号二五五番の店舗は、馬場八起が、従前より、その所有者訴外石原秀寿より賃借していたものであるが、昭和一四年頃馬場八起は間口二間奥行九尺の建物を他より買い求め持つて来て、右店舗の裏に接着して増設し、右増設部分は南北の棟で一応既設部分とは別棟であるが両者の屋根の接合部分はトタン板により接合され、両者の柱と柱は密接しており、内部には両者を区画する障壁もなく通りぬけは自由であり、既設部分は建坪一八坪五合外二階八坪で店舗および居室として使用されていたが、右増設部分は建坪約五坪で、もつぱら、勝手、風呂場として利用するため増設されたことが認められる。右事実によれば本件増設部分は物理的にみても接着しており、その使用目的からみても全く既設部分に従属し、これを離れては経済上独立の効力を有しないといわなければならない。そこで、増設部分は右増設と同時に既設部分に附加してこれと一体をなして既設建物の構成部分となり、決法第二四二条により既設建物の所有者であつた石原秀寿の所有となつたというべきで、増設部分だけにつき独立の建物として増設者である馬場八起の所有権を認めることができないのである。
もつとも、証人(省略)の証言中には、昭和二二年に馬場八起が右既設部分を石原より譲受けた旨の供述があり、右供述と前記の説示とを併せ考えると、増設部分も既設部分と一体として昭和二二年に石原から馬場八起の所有に移つたことが認められる。
そして、前掲甲第二号証によれば、右増築部分について独立の建物(木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪二坪二合五勺)として、昭和二七年八月六日清水チヨのため所有権保存登記がなされ、昭和三一年七月一八日の同人より馬場八起に対する贈与を原因とし同月一九日受付で馬場八起に所有権移転登記がなされ、同人は同月一八日群馬金融株式会社に対し、根抵当権を設定し、同月一九日その設定登記がなされたことが認められるけれども、馬場八起らが右増設部分を独立の建物として取扱わんとする意思をもつており独立の建物として登記をしたとしても、単にこのことだけで独立の建物となるわけではなく、独立の建物といえるか否かは構造、用途その他一切の事情に即して取引上、経済上の一般通念に従つて客観的に決すべきものであるところ、本件基設部分は前記認定のとおり既設部分との間には何等の障壁もなく、用途も勝手、風呂場として従属的に利用されており、独立の建物とはいえないのであるから、独立建物としての登記簿の記載と現実とが合致せず、従つて実質的要件を具備しない登記というべきで、かかる有効要件を備えない登記をもつて所有者が区分所有権を設定したとも言えないのである。従つて、増設部分に対する根抵当権は、一個の建物の主体性ならびに独立性のない一部に設定された無効のものであり、無効な根抵当権に基いてなされた競落によつて所有権を取得するわけがないのであるから、この部分について原告の所有権はないと云わねばならない。
(二) 本件建物のうち納屋および工場につき考えるに、(証拠―省略)によれば、工場は右増設部分より北に約四間位の間隔をおいて間口約二四尺、奥行約六九尺の平家建建物で、納屋は右工場に北接して建ててあるもので、馬場八起が所有してこれを農機具類の修理工場、倉庫として使用していたが、登記簿上、前記増設部分の附属建物として、昭和二七年八月六日清水チヨのため所有権保存登記がなされ、昭和三一年七月一八日の同人より馬場八起に対する贈与を原因とし、同月一九日受付で馬場八起に所有権移転登記がなされ、同月一八日群馬金融株式会社に対し根抵当権を設定し、同月一九日右設定登記がなされ、以上のような登記簿の記載に従つて、当裁判所により、右根抵当権の実行のための競売手続において工場、納屋を前記増設部分の附属建物として取扱い、原告に対し昭和三五年四月二一日競落許可決定がなされたことが認められる。右認定事実によれば、右工場、納屋は、前記増設部分、既設部分を一体とした建物に対する位置関係および利用状況からみて、独立性が認められるのであるから、登記簿上の増設部分の附属建物とする記載にかかわりなく、一個独立の所有権の客体たり得るものと解され、この上に設定された根抵当権は右増設部分に関しては無効であるとしても、工場、納屋に対しては有効に設定されたものと言わねばならない。そして原告が昭和三五年五月二五日競落代金を当裁判所に納入したことは当事者間に争いがなく、従つて、原告は同日本件工場および納屋につき所有権を取得したことが明らかである。
二、次いで、右工場、納屋につき、法定地上権が成立するか否かにつき判断する。
(証拠―省略)によれば、本件土地は昭和二二年三月一〇日石原秀寿より馬場八起が買受け、同月一二日所有権移転登記を受けたこと、本件工場納屋は前記一、(二)に認定のとおり馬場八起の所有であり、工場、納屋の南側および東側の部分が本件土地上に存し、他の部分は国有地である一〇四番の二の地上にあつたこと、本件土地につき、右工場、納屋に抵当権の設定された昭和三一年七月一八日(同月一九日登記)より以前である昭和二九年一一月一六日受付の「群馬金融株式会社に対し債務者が弁済期に弁済しないときは翌日所有権移転の効力を生ずる旨の停止条件付代物弁済契約による停止条件付所有権移転請求権保全のための仮登記」がなされ、昭和三二年五月六日右の仮登記により保全された権利が右会社より訴外佐藤重喜に譲渡され、同月八日その旨の附記登記がなされたうえ、同月六日佐藤重喜が代物弁済により所有権を取得した旨前記仮登記に基づく本登記が同月八日なされ、右佐藤より被告に対し昭和三五年一〇月五日の売買により同月七日所有権移転登記がなされていることが認められる。
そこで法定地上権の成立要件として、民法第三八八条は、「土地及ヒ其上ニ存スル建物カ同一ノ所有者ニ属スル場合」と定めているが、右認定のように、建物所有者が建物に抵当権を設定したとき、土地についてはこれ以前に右建物所有者と同一人である土地所有者より第三者に対する停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、建物の抵当権設定後これが抵当権の実行前に右仮登記に基づく本登記がなされている場合においても、土地、建物が同一人に属したとし法定地上権の成立を認め得るかどうか問題である。即ち民法第三八八条の根拠を、建物の存在を全うせんとする国民経済上の必要性に求め或いは抵当権者および抵当権設定者の意思の推測に求めるのが一般であるけれども、しかし同条により地上権を設定したとみなされるのは、もともとその者が土地について所有者として完全な処分権を有するからに外ならないのである。しかるに、既に土地につき第三者に対し停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記がなされているときは、仮登記に基づく本登記がなされた場合にそれに抵触する中間処分が効力を失うという意味において所有者の処分権は制約されているのであり或いは抵当権設定当時において抵当権者と抵当権設定者の意思の推測によつて生ずる土地の利用権能も、その後に仮登記に基づく本登記がなされると、これに抵触する中間処分として効力を失わせられると解するのが相当である。結局、建物につき抵当権を設定した当時は、建物と土地が同一の所有者であつたが、その後に、右抵当権設定前の仮登記に基づく本登記が土地についてなされるときは、仮登記の順位保全の効力によつて本登記をした権利者が仮登記の時点まで遡つて所有権取得の効力を主張できるのであるから、この反面抵当権者および競落人は、仮登記に基づく本登記をした権利者に対し、抵当権設定当時土地、建物が同一の所有者に属したことを主張し得なくなる筋合である。従つて、本件においては、抵当権設定当時において土地、建物が同一人の所有に属したものとは云えないことになるので、法定地上権は成立しないと言わざるを得ず、爾余の判断をなすまでもなく、法定地上権の確認、地代存続期間の確定、設定登記手続、右地上権に基づき施設建物の北半分の各収去と土地明渡、妨害の予防を求める原告の各請求は失当である。
三、進んで、本件建物に対する不法行為による損害賠償請求につき判断する。
(一) 本件建物のうち、居宅二坪二合五勺については、原告が所有権を取得したものでないこと前記一、(一)に認定したとおりであり、この部分については原告に対し不法行為は成立する余地がないこと明らかである。
(二) 原告が、昭和三五年五月二五日競売により、本件建物のうち、工場、納屋の所有権を取得したことは一、(二)に認定したとおりであり、(証拠―省略) によれば、原告の請求の原因第四項の表中(2)、(3)の部分は本件工場の下屋であり、同(4)の部分は本件納屋の下屋であり、いずれも独立性を欠き、工場納屋の構成部分であるので、これらの部分については昭和三五年五月二五日原告の所有に帰し、同年七月二一日受付で原告に対し競落許可を原因として所有権移転登記がなされているにかかわらず、被告は、同年一二月なかば頃右(2)、(3)の部分を、又昭和三六年九月二六日以後昭和三七年八月一八日の間に右(4)の部分をそれぞれ破壊してその材料等を運び去つたことが認められる。被告は馬場八起から、昭和三五年一〇月五日頃、右(2)、(3)の部分を買受け、その後同人から(4)の部分をも買い受けたもので、被告の所有に属し、もしくは少くとも被告の所有と信じて取壊したのだから故意も過失もないので不法行為が成立しないと主張するけれども、右部分はいずれも原告の所有に帰し登記も経た後であるので、被告が前所有者より買受ける旨の契約をしたからといつて所有権が被告に移るわけでもなく、登記も調べず、前所有者の言を信じて同人の所有に属すると信じたとしても、建物の主要部分に附属して一体となつている下屋部分だけの売買ということは、社会通念にも反することであつて、そこには過失があつたと云うべきで、被告の右主張はいずれも採用しがたい。従つて、被告の(2)、(3)、(4)、の部分の取壊は不法行為を構成する。
(三) 右の不法行為による損害額は、原告の主張する現在の時点における復旧のための費用と解すべきではなく、不法行為当時の物件の時価と解すべきところ(証拠―省略)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、(2)、(3)の部分は破壊された当時かなり朽廃していたので坪当り時価一、五〇〇円、損害額合計一一、〇二五円、(4)の部分は破壊された当時甚だしく損耗していたので時価坪当り七五〇円、損害額七、五〇〇円と認めるのが相当である。
四、よつて原告の被告に対する本訴請求のうち、金一八、五二五円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかである昭和三六年四月二日から完済にいたるまで民事法定利率である月五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余の請求はすべて失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用し、主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事部
裁判長裁判官 細 井 淳 三
裁判官 秋 吉 稔 弘
裁判官 荒 井 真 治
第一、第二 目録(省略)